『蟹工船』

小林多喜二 初版は1929年(昭和4年)に発行されている。このお話は、1926年(大正15年)に実際に起きた事故を筆者が取材している。

 蟹工船とはオホーツク海のカムチャッカの漁場に行き、カニを取りながら、その場で、カニを処理して缶詰を作っていく工場付きの船のことである。この船は、船でありながら蟹を加工する目的の工場を持っていることから、「航海法」も「工場法」も適用されない。そして、海上に出てしまうと、誰の目もない無法地帯のような最悪の労働環境となった。そこに集まる人々は、働き口を求める貧困の人々であった。彼らは、60円の給与の前払い金をもらうものの、宿代移動代、その他で、結局みな何円かの借金を作らされている。そして仕事は、労働監督者と呼ばれる男の指示に従わなければならない。この監督は、缶詰の出来高だけを重視し、人命は二の次の男であった。この男は時を同じくして出港した船からのSOSに船長が救助するために舵をを切ることを許さず、沈没させてしまう(この事故も実際にあった。)劣悪の労働環境、長時間労働、虐待、などが日常的に行われていた。北の海での作業で体調を壊すも者もいたが、休養も許されない。仕事ができないと、見せしめのために、マストに括り付けたりと、あらゆる拷問をし続ける。最後にストライキを起こされるが1度目は阻止する。2度目は全員の力を合わされて成功に至っている。港に帰ると同じように、ストライキを起こしている船が何艘もあったという。その後、労働監督の男がどうなったかは本文をお読みください。私はぜひ同じ目を味わってもらいたかったですが。

このお話が事実に基づいていること、大変にショックだった。他者の目や法が届かないところで少しの権力を持たせるとどこまで自分勝手で残酷になるのだろうか。人は他者をどこから人と思わなくなるのだろうか。人間の尊厳はどこに行ったのか。人間は、皆で力を合わせれば、どんな困難でも、乗り越えられる力を発揮するガ、その力を真逆に使う人が一人いると、どんな恐ろしいことでも、実行してしまうそんな両面を持つ生き物であることをつくづく思い知らされた。

 そして、近年では、法の整備がされているこの国で、法の網をくぐり抜けた痛ましいい事故が起きた。知床遊覧船沈没事件である。多くの遊覧船が天候の悪化で運休となる中、その船だけは、出向した。さらに、非常時の頼みの綱の無線は業務用ではなく国交省から改善を求められていた。さらに、衛星電話も故障中。その結果、異常事態を知らせることすら叶わなかったその船は、ただただ沈没してしまった。のちにロシアから日本人らしい遺体を回収したからと引き渡しが行われていた。人間の命、尊厳、いったいどこにいったのか。まだまだ知らないことが多いかもしれないが、ぜひとも問いたい。「金もうけ」の前に、目の前にいる人をたいせつにしなければならないのではないか。人間は、壊してしまうと、今の技術では、元に戻らない。そして、このような話は、今も昔も、知らないだけで、たくさんあるのかもしれない。

金より大切な愛や思いやりの満ちた人間の尊厳の守られたやさしい世界になることを強く願う。

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