夏目 漱石 『こころ』は1914年(大正3年)に朝日新聞の連載物として書きだした小説である。元々は『こゝろ』という表記であったが、新仮名遣いに改め『こころ』となったそうだ。
本書は「私」が人嫌いの先生の過去を遺書という形で知るお話である。遺書には、先生が秘めた心を持つようになった2つの大きな出来事が綴られていた。一つは両親の死後、信頼していた叔父さんに両親の遺産を使い込まれ先生がだまされたこと、もう一つは、東京での下宿先のお嬢さんを巡り、大切な幼馴染のKに対して、不誠実な態度をとりKを自殺に追い込んでしまったのではないかと思っていることである。
このお話では、人間は、「お金や自分が失いたくないもの」が目の前にある時、簡単に善人から悪人に変わってしまうことと、もうひとつ、人の心の中の本心は言葉を使い、きちんと話さなければ何も伝えられないし、何も受け取れないことも伝えたかったのではないかと思った。なぜなら、先生は、叔父さんにもKにも、相手にきちんと向き合って話すことなく、先生の心の中だけで解釈をしてそれを抱えたまま一生を過ごしていたからだ。そして、その真偽がわからないから、誰も信用できずに人嫌いになっていたと考えられる。だが、それは本人の勝手な思い込みだったかもしれない。
日本には今も、空気を読むという言葉が使われ、語らずにその場や相手の心を察したり、相手から自分の心を察してもらおうとする文化がある。しかし、それでは相手に自分の意思を伝えることや相手が思っていることを正しく知ることはできない。その結果、事実とは異なる思いを自分勝手に思い込み、先生の様に振り回されることになるのではないか。察する文化も大切にしつつ、他者には、自分の言葉で意図や思いを伝え、他者からの言葉は丁寧に受け取り続けることが大切なのではないかと感じた。
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